カナダ8 ケベック・シティ

      2017/09/08

 

イエローナイフから、ケベック・シティに移動しました。

ケベック・シティは、カナダの中で異質な街です。

というのは、カナダは当然、英米文化圏なのですが、そのなかで、ケベック・シティはフランス文化圏の街なのです。

お店の看板なんかも基本、フランス語で書かれたりしています。

とはいっても、普通に英語は通じます。

ただ、現地の人も、英語は少々苦手な感じはありました。

フランス語の方が通りはよさそうです(私はしゃべれませんけど)。

なお、なぜフランス文化圏なのか、という点ですが、

昔々、1700年代ころには、北米では、イギリスとフランスの植民地獲得競争があったのです。

そのころには、わりと、英仏は対等な立場で競っていました。

カナダについては、フランスの方が有利な場所(それがケベック・シティなのですが)を占めて優位にあったくらいです。

でも、イギリスとフランスが何回か戦争をした結果、負けたフランスは北米の領土をイギリスに召しあげられてしまいました。

アメリカにも「ルイジアナ州」ってありますよね。

ルイジアナって、ルイ王様の土地、という意味です。

でも、イギリスにルイという名前の王様は存在しません。

ルイジアナはフランス王のルイ様に献上された土地です。

そういうふうに、北米には、元フランス領土で、のちにイギリスに奪われた土地が、たくさんあります。

その一つがケベック・シティです。

ケベック・シティは、ヨーロッパから見ると、ヨーロッパから、セント・ローレンス川領域をつなぐ航路の重要なポイントにある要塞都市だったのです。

イギリスは、ケベック・シティを奪ったわけですが、当時、すでに多くのフランス人が生活しておりフランス文化で街が運営されていたので、

「うん、もうすでにフランス文化で出来上がったものがあるんだったら、それを尊重しましょう。税金だけ払ってくれたらいいから!」

ということで、フランス語やフランス文化、宗教(フランスはカトリック、イギリスはイギリス国教会)を変更せずに、そのまま受け入れました。

そのため、カナダのなかでも、ケベック・シティだけはフランス語でフランス文化、その他は英語で英米文化ということになったのです。

そういうわけで、ケベック・シティでは、フランス料理が、すごくおいしいです。

フランス本土以外では、もっとも老舗のフランス文化といえる街ですから。

ポタージュ・スープ

マグロと海老のカルパッチョ

ケベック・シティの目抜き通りは、サン・ジャン通りです。

日本でいえば銀座ですね。

きれいな石造りの建物がならんでいます。

お城ホテルとして有名な、シャトー・フロントナック(裏側)

もともと、ケベック・シティは、セント・ローレンス川の船の運航を支配するために

要塞都市として作られています。

そのため、お城などは、川から見上げたときに、一番立派に見えるように計算されています。

領主の威厳を示せるように、ということですね。

日本でも、江戸時代には、お城の天守閣は、領主の威厳を示すための象徴でした。

東西ちがっても、お城の役割には共通点があります。

さて、この角度はお城の裏側からの撮影なので、あんまり立派ではありません。

そのうち、川の方からの写真も出しますので。

お城の近くの広場では、大道芸人が芸をしていました。

上から見下ろす、セント・ローレンス川。

この川をさかのぼっていくと、五大湖まで通じています。

昔は、ビーバーの毛皮を原住民から買いつけて、それをヨーロッパで毛皮用品として売ることで、

大変に儲かる取引ができていたそうです。

そういうわけで、商売のルートを支配することは、大変に重要だったのです。

川側から撮影した、シャトー・フロントナック

ちょっと立派さが出てきました。

さらに、崖の下の港付近から撮影すると、さらに立派にうつります。

昔の要塞の城壁と門。

昔は要塞の城壁の内側だけが街でした。

私たちが泊まったホテル。

なかなか、きれいなホテルでした。

夕方のサン・ジャン通り。

ケベック・シティの観光の中心なので、観光客多かったです。

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