名誉毀損訴訟が提起されたこと
民進党の大西健介議員(愛知13区選出)が衆議院・厚生労働委員会でおこなった発言に対して、美容外科の世界で著名な、高須クリニックの高須克弥院長が、「名誉毀損である」との主張で、金1千万円の損害賠償請求訴訟を起こしたとの報道がされています。大西議員本人と民進党の蓮舫代表の2名に対して訴訟提起したとのことです。
裁判は、すでに起こされており、7月24日に東京地方裁判所にて第一回口頭弁論がされた状態とのことです。
この裁判は、どちらが勝つのか?
結論から言えば、弁護士の見解では、民進党側(大西議員本人と民進党の蓮舫代表)が勝つと考えています。
その理由を説明したいと思います。
結論をみちびくまでの論点は2点あります。
1つ目は、そもそも名誉毀損行為があったといえるのかどうか?
2つ目は、かりに名誉毀損行為があったとしても、損害賠償請求が認められる可能性があるのかどうか?
という点です。
そもそも名誉毀損行為があったといえるのかどうか?
名誉毀損行為は、「人の名誉を公然と事実を摘示して毀損すること」と定義されています(刑法230条)。
そこで、名誉毀損行為が成立したと言えるかどうかは
①人の名誉を
② 公然と
③事実を摘示して
④毀損した
という4つの条件が全て満たされた場合には、名誉毀損が成立する可能性が出てきます。
そこで、この3つの条件が今回のケースの場合に当てはまるかどうかを順番に見ていきたいと思います。
そこで、まず実際に、大西議員がどのような発言をしたのかということを見てみましょう。
大西議員の発言部分
広告の話に入っていきたいと思うのですが、今回の医療法ではですね、医療に関する広告規制の見直しが含まれています。
そもそも医療分野は人の身体・生命に関わる分野であり、また専門性が高いとのことで広告が原則禁止のような非常に強い規制がかかっているということであります。
ただしですね、ちょっと美容医療というのは今医生局長の答弁でも少しありましたように普通の医療とはちょっと違う。つまり、何かこうすぐに治さないといけない病気がある訳ではなく、客観的な医療の必要性ではなくて患者の主観的な意向に沿って施術が行われる。また、結果についてもですね、綺麗になったかどうかは患者の主観で決まる。
また、美容医療を受けたことがある人はですね、普通は他人に自分からは言いませんから。「私、美容医療受けたのよ」というのは言わないため、口コミというものが機能しない。それから、自由診療であるので非常に金額が高くなる。
こういう特徴が医療でも少し違うんだろうなと。だから、派手な広告であったりですね、強引な勧誘による集客行為が行われやすい傾向があるんではないかと思います。
一方でですね、医療分野においては原則広告が禁止になってて、非常に限定的な事項しかですね広告することが認められていない。医療機関名であったり、連絡先であったりするんで非常にですね CM も陳腐なものが多いんですね。
皆さんよくご存知のように、例えば『YES 〇〇』とクリニック名を連呼するだけの CM とかですね。若い女性がですね、ゴロゴロゴロゴロ、0120 から始まる電話番号とクリニックの名前を言いながらゴロゴロゴロゴロ転がっている CM というのをですね、皆さん見たことあると思います。
あるいは、テレビでお馴染みのニューハーフタレントがですね、音楽に合わせて踊りながら『〇〇美容外科』というのをですね、ずーっと言い続ける。こういう CM がよく見られるんですね。
で、選挙でもですね、我々名前の連呼というものをやります。確かに知らない人の名前は書きませんから、名前を連呼する訳ですけれども、名前連呼だけだったらその候補者が何を考えているのかも分からない。誰に投票していいのかも分からない。
そういう意味ではですね、こうしたこのクリニックの名前とか、電話番号だけを連呼するこういう広告というのは患者が医療機関や治療方法を選択する上では私は有用なものではないというように思うんですけれども。こういう広告は非常に陳腐なものだと思いますけれども、大臣はどのように思われますか。
大西議員の発言は名誉毀損成立の4要件を全部満たすかどうか?
「①人の名誉」の要件
この点は、大西議員の発言が、高須クリニックを指しておこなわれたものかどうかという問題です。
この点については弁護士も、たしかに大西議員は高須クリニックを指して発言していると思います。
『YES 〇〇』という表現のほかに、「若い女性がですね、ゴロゴロゴロゴロ、0120 から始まる電話番号とクリニックの名前を言いながらゴロゴロゴロゴロ転がっている CM 」「テレビでお馴染みのニューハーフタレントがですね、音楽に合わせて踊りながら『〇〇美容外科』」ということも発言しているので、全体としては高須クリニックのことを指していると言えると思います。
「② 公然と」の要件
公開されている、国会の場でおこなった発言ですから、「公然と」おこなったものであることは間違いないでしょう。
「③事実を摘示して」の要件
事実の摘示というのは、少々、法律的な表現ですが、要するに、具体的な事実を挙げているかどうか、ということです。
たとえば、全く事実を上げずに「アホ」「バカ」とか批判しているのは「事実を摘示していない」わけです。一方、たとえば、「彼は〇〇店からビール1ダースを盗んだ」とか「彼はA君を殴ってケガをさせた」という発言は、事実を挙げているわけですから「事実を摘示した」と言えるわけです。
本件では、どうでしょうか?
まず、大西議員の発言から高須クリニックに関する事実を摘示している部分を集めますと
● 例えば『YES 〇〇』とクリニック名を連呼するだけの CM とかですね。若い女性がですね、ゴロゴロゴロゴロ、0120 から始まる電話番号とクリニックの名前を言いながらゴロゴロゴロゴロ転がっている CM というのをですね、皆さん見たことあると思います。
●テレビでお馴染みのニューハーフタレントがですね、音楽に合わせて踊りながら『〇〇美容外科』というのをですね、ずーっと言い続ける。こういう CM がよく見られるんですね。
という部分は、たしかに「事実を摘示」しているとは思います。
ただ、これらの事実の摘示は、たんに、実際の高須クリニックのCMの内容を要約しているだけのことであります。したがって、「たしかに事実の摘示ではあるが、とくに問題のない事実の摘示である」と言うことができます。(この点は「④毀損した」と言えるかどうかという問題にも関連してきます)
若干、「若い女性がですね、ゴロゴロゴロゴロ」「『〇〇美容外科』というのをですね、ずーっと言い続ける」という部分には、批判的な表現もあるように思いますが、この部分だけを抜き出して、問題があるとまでは言えないでしょう。
そして、今回、高須社長がもっとも気にしていると思われる
●こうしたこのクリニックの名前とか、電話番号だけを連呼するこういう広告というのは患者が医療機関や治療方法を選択する上では私は有用なものではないというように思うんですけれども。こういう広告は非常に陳腐なものだと思いますけれども、大臣はどのように思われますか。
という部分ですが、「事実の摘示」があるのかどうかといえば「陳腐」というのは、たんなる大西議員の意見に過ぎないのであって、事実の摘示はされていません。
そうしますと、具体的な事実の摘示がされておらず、大西議員の意見に過ぎない「陳腐」という表現に対しては、名誉毀損は成立しないと見るのが、法律家の一般的な見解だと思われます。
「④毀損した」の要件
上記のとおり、大西議員の発言には「事実を摘示した」部分はあるのですが、「事実を摘示した」部分は、たんなるCM内容の要約に過ぎないので、こういうものが人の名誉を毀損した表現だとは思われません。
次に、今回、高須社長が問題視している「陳腐」という発言について検討します。
形式面について
まず形式面からいえば、実際の大西議員の発言は
私は有用なものではないというように思うんですけれども。こういう広告は非常に陳腐なものだと思いますけれども、大臣はどのように思われますか。
という形式をとっており、「陳腐だ」と断言しているわけではなく、「私は陳腐だと思うけれども」という、個人の意見という形式をとっています。
個人がCMに対して、どういう意見をもつかは、基本的に自由なので、個人の意見という形式をとっているかぎり、高須クリニックの名誉を毀損したとは言いにくいと思います。
実質面について
また、形式以外の実質面から見ても、「陳腐」という表現は、国語辞典によれば「ありふれていて、古くさくつまらないこと」という意味です。
たしかに、褒めている表現ではありませんが、大西議員の発言を要約すると「こうしたこのクリニックの名前とか、電話番号だけを連呼するこういう広告」は「陳腐=ありふれていて、古くさくつまらない」ということになるので、意見の表明としては、わりと穏当な表現であるとも言えます。
たとえば、ここで「陳腐」という表現ではなく「悪質」「詐欺まがい」「消費者に誤解をあたえる」というような強い表現があれば別ですが、「陳腐」というだけで、他人の名誉を毀損したとは言えないように思います。
以上をまとめますと、結論として、大西議員の発言は、高須クリニックの名誉を毀損していないと考えます。
名誉を毀損していないため、高須クリニックが提訴している金1千万円の損害賠償請求は認められない可能性が高いです。つまり,高須社長の敗訴の可能性が高いということです。
かりに名誉毀損行為があったとしても、損害賠償請求が認められる可能性があるのかどうか?
以上に検討したとおり、そもそも高須社長が主張している名誉毀損の事実が存在しないため、損害賠償請求は認められません。
ただ、「もしも仮に」名誉毀損があるとした場合はどうか、ということをお話します。
結論からいえば、名誉毀損があるとした場合であっても、高須社長の損害賠償請求は認められない可能性が高いです。したがって、高須社長の敗訴の可能性が高いということです。
なぜかといえば、大西議員は国会において、議員の職務に関連して今回の「陳腐」発言をしているわけですから、国会議員としての免責特権を受けます(憲法51条)。
免責されるのは、刑事上の責任をはじめ、民事上の責任、その他全ての法律上の責任です。
したがって、今回の件について「もしも仮に」名誉毀損があるとしても、大西議員は免責されます。(大西議員が責任を問われないわけですから、当然、蓮舫代表も責任を問われません)
もちろん、国会議員はなんでもかんでも免責されるわけではなく、国会議員としての仕事に関連する行為についてしか免責はされません。
ただ、今回の大西議員の実際の発言を見ればわかるとおり、大西議員は「美容整形の分野において、派手な広告がされていることについて規制の必要があるのではないか?」という問題意識のもとに今回の発言をしていることが明らかです。
したがって、国会議員としての真面目な活動の一環としての発言ですので、当然に免責されるべき発言です。
では、高須社長は何故訴訟を起こしたのか?
以上検討したとおり、今回の件は、そもそも名誉毀損にはならない可能性が高いですし、「もしも仮に」名誉毀損になったとしても、国会議員の免責特権があるので、結論としては高須社長は敗訴する可能性が高いと思います。
では、なぜ、高須社長は、敗訴する可能性が高い訴訟を、わざわざ提訴したのでしょうか?
「成功しすぎて客観的な判断ができなくなっている」
と言う人もいるようです。
ひょっとしたらそうなのかもしれませんが、私は、別の可能性もあるのではないかと思います。
高須社長という方は、やはり、一代で大きな事業を起こした方であり、大変に頭の良い方だと思っています。
そのような頭の良い方が、本当に今回の裁判を「勝つ」と思って提訴したのかどうか、疑問が残ります。
ですから、あくまで、私の個人的な感想ですが、今回の裁判は「敗訴する可能性が高いことを十分に認識していながら、あえて起こした裁判ではないか?」とも考えられます。
では、なぜ,あえてそういう裁判を起こしたのか?ということですが、
高須社長は、大西議員の「陳腐」発言ではなく、大西議員の発言全体の趣旨を十分に理解したからこそ、裁判を起こしたのではないかと思うのです。
大西議員の発言全体は、上述のとおりであり、要するに大西議員は「美容整形の分野において、派手な広告がされていることについて規制の必要があるのではないか?」という、非常に、真面目な意見を述べているのです。
そして、真面目な意見であるからこそ、美容整形の分野において広告を積極的におこなっている方にとっては、都合の悪い意見だと思われたのではないか、ということです。
ですので、高須社長が起こした裁判は、「裁判でどちらが勝つか」が問題ではありません。
裁判における勝敗は、すでに決まっています。
問題なのは、「こういう裁判を起こしたことによって、美容整形における広告規制にどのような影響が出るのかどうか?」という点です。
ひょっとしたら、高須社長の立場に立てば、こういう裁判を起こしたことが最適解なのかもしれません。(逆に、最悪の結果に結びつく可能性もあるわけですが……)
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