司法修習生の恩返し…「弁護士のための」日本昔話
この話は,あくまでフィクションです。
おじさん弁護士は,あるとき,ロースクールのワナにひっかかって苦しんでいる女性修習生に出会いました。
ロースクールのワナとは,もともと奨学金をもらって大学に通っていた大学生が,さらに借金を重ねてロースクールに通い,そのうえ,修習生は無給で生活資金は貸与制なので1千万円クラスの借金を背負うというワナをいいます。
非人道的なワナです。
おじいさん弁護士は,あまりに女性修習生がかわいそうだったので,ふくらんだ借金を無料で債務整理してあげました。
「ブラックになるけど,いいかい?」
「はい…」
女性修習生は,平凡な容姿で,バカっぽかったので,おじいさん弁護士は,彼女は就職に苦労するだろうなあ,と思っていました。
ある雪の夜,おじいさん弁護士のところに,
一人の,とても美しい女性修習生がたずねてきました。
「ぜひ,貴事務所で,修習させてください」
女性修習生は,スーパーモデルのような美貌だけでなく,履歴書をみると,東大法学部卒業,東大ロースクール卒業であり,たいへんに賢そうでした。
「弁護修習の指導弁護士には,すでに許可をいただいています。」
おじさん弁護士は,この女性修習生は,立ち居振る舞いから,さぞ,上流階級の出身だろうと思いました。
なぜ,このようなボロい法律事務所で,修習を希望するのか不思議でした。
ただ,2年前に経営難で事務員を全部解雇してしまっており,事務所のスペースだけは空いていましたので,席をつくってあげました。
女性修習生の修習中のあるとき,おじいさん弁護士は,訴額の大きな土地の明渡し裁判で,たいへんに不利な状況におちいっていました。
「こまった困った。この裁判に負けたら,顧問先がひとつ消えてしまう」
そうしたところ,女性修習生は,
「おじいさん,その書面を,ぜひ,私に書かせてください」
と,申し出るのです。
「ただし,私が書面を書いているところは,誰も見ないでください」
と言って,別室の個室にこもりました。
別室の個室から,なにかチョキチョキ,という音が聞こえるのが不思議でした。
次の朝,おじさん弁護士が事務所に出勤すると,昨日の土地明渡しの準備書面が,完璧に仕上がっていました。
ただし,女性修習生は,徹夜だったのか,ものすごく疲労困憊してソファで勝手に熟睡していました。
「なんと,この世のものとは思えないような,美しい準備書面じゃ」
おじさん弁護士が,期日で書面を出したところ,相手方の弁護士は,恐れ入って,
「このような,美しい書面を出されたら,和解せざるをえません」
と言って,おじいさん弁護士は,有利な和解をゲットできました。
おじいさん弁護士は,大変によろこび,
「じつは,別件の,大型の相続事件の準備書面も書いてほしい」
と,女性修習生に言うのです。
女性修習生は,とても疲れた顔で,
「…今回を最後にしてくださいね…」
と言って,別室の個室にこもって,ドアをピシッと閉じてしまいました。
やはり,なにか,チョキチョキ,という音が聞こえました。
おじいさん弁護士は,
「あのように美しい準備書面を,いったい,どうやって書いているのじゃ」
と,疑問に思い,真夜中に,ひそかに,個室のドアを少し開けて,なかをのぞいてしまったのです。
そうしたところ,おじいさんは,びっくりしました。
昼間みた,スーパーモデルみたいな姿はなく,代わりに,以前に助けた,平凡な顔をした司法修習生が鬼気せまる形相で,必死に書面をつくっていました。
女性修習生は,岡口判事の「要件事実マニュアル」のページをハサミで切りとって,ひとつひとつ,準備書面にペタペタ貼り付けていたのです。
おじいさんは,腰を抜かして,驚いてしまいました。
「ひいい,修習生は,要件事実マニュアルを使ってはいけないのでは!」
と,つい,大声を上げてしまったのです。
女性修習生は,おじいさん弁護士に気づいてしまいました。
「あれほど,準備書面をつくっているところは見ないでください,とお願いしたのに,見てしまったのですね…」
女性修習生は,とても悲しそうに,ぽつりぽつりと話しました。
「おじいさんに助けられた恩を返すために,必死でお化粧を勉強して,スーパーモデルみたいに化けたのです」
「司法修習生は要件事実30講の方を推奨されていることは知っています」
「でも,あたしはバカだから,要件事実マニュアルしか使いこなせないのです…」
女性修習生は,しくしく泣きます。
「要件事実マニュアルを愛読していることを知られたら,もう研修所には戻れません…」
おじいさん弁護士は,要件事実マニュアルだけを文字通りに切り貼りして,あんな美しい書面を作れるなら,むしろ,すごい才能ではないか,と,しきりになぐさめますが,女性修習生の心は変わりません。
「あたしは貧乏だから,要件事実マニュアルは一冊しか買えませんでした…でも,それも起案のために切り貼りしてボロボロです…さようなら!」
女性修習生は,夕方に山へ帰る鶴のように,事務所を飛び出していったのです。
その後,女性修習生の姿を見た人はいませんでした。
おじいさん弁護士は,若いロースクール生をみるたびに,あの日の女性修習生のことを思い出してしまうのです。
「あいつ,コピー機の使い方を知らなかったのかなあ…」
お化粧で美人に化けることはできても,頭がオバカなところは,直せなかったようでした。
めでたし,めでたし。