3枚の お札…「弁護士のための」日本昔話
この話は,あくまでフィクションです。
弁護士のための 日本昔話「3枚の お札」
むかし、むかし、あるところに、司法修習生がいました。
研修所の弁護教官は「きみが実務で困ることがあったら,この、お札が役に立つから大事にもっておきなさい」と言って,ありがたい3枚のお札を渡してくれていました。
司法修習生は,さいわい2回試験に合格して,新人弁護士として東京都内のある法律事務所に就職しました。
ところが,この事務所の先輩弁護士は元気がなく疲れている感じで,月に2,3人は弁護士が退職する,変な事務所でした。
ある日新人弁護士は訴状を仕上げるために夜中12時まで残業していたところ,事務所のボスとパートナー弁護士が,秘密の会議をしているのを聞いてしまいました。
「うちの事務所は,山口組系暴力団のフロント企業の民事事件をしているから,主要業務は企業法務だと説明して新人募集をしよう。」
「A弁護士には、うちの事務所は貸与制だといって,給与支給ではなく,お金を貸し付ける方式にしておこう」
「B弁護士には,うちは渉外系事務所だから1日20時間が当たり前だ,とウソを教えよう」
なんと、おぞましい、血の凍るような謀議がおこなわれていました。
この事務所は,新人を食い物にしている,ブラック事務所だったのです。
「大変だわ,今すぐ逃げなければ」
新人弁護士は決意しましたが,気づかれては大変です。
そこで,以前に指導弁護士にもらった、お札を一枚,事務所のパソコンに貼り付けて,
「時間を稼ぐために,あたしの代わりに返事をしてください」
と願いをかけて,事務所から逃げ出しました。
「明日提出予定の訴状はできたのか?」
会議を終えたブラック・ボスが,自分の席から声をかけてきます。
「いま,証拠説明書をつくっているところです」
パソコンのモニターに貼られた、お札が答えました。
しばらくして,ブラック・ボスがまた聞きました。
「訴状はまだか?」
「不動産に関する訴訟なので,訴訟物の価額を2分の1で計算すれば印紙代が安くなるので,訴額を算定しなおしています。」
お札が答えました。
しばらくして,ブラック・ボスがまた聞きました。
「訴状はまだか?」
「兄弁が訴状最終版というタイトルでワード文書をつくっていたのですが,それに根本的な間違いがあったので,「今度こそ最終版」というタイトルのワード文書をつくっているところです」
お札が答えました。
しばらくして,ブラック・ボスがまた聞きました。
「訴状はまだか?」
「訴状をもう一度確認したら,原告と被告が逆になっていましたので,いま,書き換えているところです」
お札が答えました。
しばらくして,ブラック・ボスがまた聞きました。
「訴状はまだか?」
「原告が3名いたので,「原告」という記載を「原告ら」に修正しているところです。」
お札が答えました。
しばらくして,ブラック・ボスがまた聞きました。
「訴状はまだか?いい加減に完成させろよ」
「ボス,事件記録をよく見たら,そもそも依頼者は訴訟を希望していませんが,この点はどうされるのですか?」
お札が答えました。
ついに,ブラック・ボスは,我慢しきれなくなって,新人弁護士のブースに立ち入ってきました。
「やや!やつは逃げたのか!」
ボスは,お札をビリビリと八つ裂きにして破り,新人弁護士を怒り狂って追いかけました。
ボスは、ものすごい勢いで追いかけてきます。
「ひいい、捕まったら食い物にされる~」
新人弁護士は、泣きながらダッシュしますが、今にもおいつかれそうです。
「お札よ、お札、川になれえ!」
新人弁護士が、お札に願いをかけると、お札は、大きな川となって、ブラック・ボスの行く手をさえぎりました。
「この川は,さすがに渡ることはできないでしょ!」
しかし、ブラック・ボスは、川に流れる水を、全て飲み干してしまいました。
「ひいい,もはや,人間の領域をこえてます~」
新人弁護士は,さらに逃げなければなりませんでした。
勢い良く追いかけてくるブラック・ボスに対して、新人弁護士は,今度は,
「お札よ、お札、火事になれえ!」
と、お札に願いをかけました。
そうしたところ,あたり一面は、火の海となりました。
「この大火事に飛び込んだら,丸焼けよ!」
しかし、ブラック・ボスは、さきほど飲んだ川の水を全て吐き出して、火の海を消火してしました。
「バ,バケモノです~」
新人弁護士は,ブラック・ボスの,あまりの強大さに,泣きながら逃げ続けました。
新人弁護士は,司法修習時代の弁護教官のところに逃げ込みました。
「一生のお願いです,ブラックボスから,かくまってください!」
ブラック・ボスが,事務所の玄関にあらわれました。
「ここにいるのはわかっているぞお」
「その方がブラック・ボスか。おまえはいったい、今まで、何人の新人弁護士を食い物にしてきたのか!」
弁護教官は,まったく動じることなく堂々と対応しました。
「ふん」
ブラック・ボスは、ニヤリとして、あの有名な悪党のセリフを口にします。
「おまえは、今まで食べたパンの枚数をおぼえているのか?」
「なんて汚い!ほ,ほ,本物のワルですわっ!」
新人弁護士は、その、あまりの邪悪さに、卒倒しかけました。
「この、お札を使わざるをえんな!」
指導弁護士は、覚悟を決め、名刺入れから、お札を取り出し、高く掲げました。
そうすると、ブラック・ボスは,
うおおおー
と,のたうちまって,苦しみだしました。
「すごい効果です!」
新人弁護士は、目を見張りました。
「なんの、お札なのですか?」
指導弁護士は、高らかに、お札の内容を読み上げました。
「日弁連 懲戒委員会より、ブラック・ボスへ告ぐ
懲戒処分 業務停止2年間に処する」
そこへ、日弁連懲戒委員会執行部のものが,わらわらとよってきて,
「はいはい,業務停止なんで事務所の看板は撤去してくださーい」
「はいはい,顧問契約は全て解除してくださーい」
「係属中の裁判には,すぐに辞任届出してくださーい」
と,ブラック・ボスの事務所を,あっという間に丸裸にしてしまいました。
「うおお,コピー機のリース支払が,まだ3年分も残っているのにい!」
と,ブラックボスは,地面を転げ回って苦しみましたが,あとの祭りでした。
こうして,ブラックボスは2年間の業務停止処分の間に,無一文になってしまいました、とさ。
めでたし,めでたし。